はじめに
今作品は、筆者はりねが執筆したフリーのシナリオ・台本となっております。朗読練習や朗読配信などご自由にお使い下さい。
進まない時計
腕時計を買う時、こんなことを言う時があります。
「常に身につける腕時計は、あなたと共に時を刻む相方です」
僕は新卒で大手商社に就職し、その年の初めてのボーナスで、ブランド物の高い腕時計を買ったんです。
この腕時計に見合う仕事をするんだ
と意気込んで仕事に打ち込みました。
初めは、営業部に配属され、一生懸命外回りをして、いつのまにか営業成績も部内一位になり、僕は充実感でいっぱいでした。
しかし、ある時から、さっぱり新規顧客の獲得ができなくなり、気づけば営業に1人で出かけては、公園の端に営業者を停めてサボるようになっていきました。
空を見上げて、あぁ、早く時間が過ぎないかな。と、終業時間を待つようになっていきました。
うちの会社は、営業ノルマなんてものは無いものの、やはり営業成績が悪いと、社内の立場は弱くなり、空気のように扱われるようになっていくのです。
「仕事、辞めようかな」
脳裏に浮かびました。
僕に合う仕事が他にもあるはず。
そう思い、退職願を部長へ提出し、有給休暇を取ることに。
本来ならば、お得意様の引き継ぎや挨拶回りをするのだけれど、その時の私には、引き継ぐお客様なんていませんでした。
毎朝早く起きて職場へ行き、その日のスケジュールやメールをチェック。朝なんて時間が過ぎるのが早くって、全く足りないくらい。でも、今日は有給休暇。時間はゆっくり過ぎていくのだろうな。
そう思い、そっとベッドから起き上がる。
いつものように、腕時計を着け、スーツ。いや、今日は私服でいいのだ。
朝ごはんをゆっくり食べ、いつもと変わらない同じようなニュースを見て、ソファーに寝そべりネットサーフィン。
眠たくなったら、テレビをつけたまま何度も寝落ちして。
そろそろお昼のはずだ。体内時計がそう告げた。
でも、お腹は空かない。体力を使うこともないから。
そうだろうか。
ふと、腕時計を見た。
18時ちょうど。
定時の時間だ。
定時で帰れたことなんて、忙しい時はなかったけど、仕事を辞める直前は、やることもなく毎日18時ちょうどになったら、職場から出ていってたっけ。
最後の勤務だった昨日も、そう。
昨日、帰る時までは腕時計は動いてたのに。
たまたま、18時に止まってしまったのかな。
そう思い、手巻き式の腕時計をカチカチと息を吹き返した。
でも、動かない。
高い時計だったのに、もったいない。直してもらいにいこう。
そう思い、今日初めて外へ出た。
この腕時計を買ったお店へ向かおうと。
でも、そとには人も車も一切姿を消していて、車もない。
そのまま駅へ向かい、しばらくして、電車が来た。
ドアが開き、目の前に駅員さんが立っていた。
その駅員さんが、僕に言いました。
「腕時計を見せて下さい。亡くなられたのは18時ですね。それでは、あの世へ発車致します。」
完
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