登場人物
①上町 栄斗(うえまち えいと)
主人公。舞台である由比風高校に通う男子高校生。
②井上 有希(いのうえ ゆき)
由比風高校に通う女子高校生。写真サークル部長で、上町の先輩。
ファインダーを覗いて見える世界に君だけは
僕は今日も、窓辺を見ては、ため息をついている。
君がいなくなってから、この教室から音が失われたようだ。
また、8月になろうとしている。
この学校中の誰もが、これからの人生の中で8月を迎えるたびに、君のことを思い出すのだろう。
もしかしたら、君のことを忘れていくかもしれない。
でも、その方が君のためなのかもね。
僕は、忘れられそうにもない。
今日もまた、春風よりも清々しい風が教室の窓から流れ込み、僕は空を見上げて、あの時のことを思い出してしまっている。
いっそのこと、白とびしてくれればいいのにな。
夏のキャッチライトには、心底、嫌気がさす。
僕は、上町 栄斗(うえまち えいと)。
部活にも参加せず、毎日平凡に暮らす高校生二年生だ。
今の時代、部活に入らないのは普通のことだろう?親は部活にも参加しないで家でダラダラするななんて小言を言うが、
勉強はしている。
むしろ勉強する時間が増えるんだ。部活だろうが勉学だろうが頑張る方向が違うだけで、何も悪いことはしていない。
でも、僕も高校に入りたての頃にはサークルに入っていたんだ。いわゆる同好会。部活じゃない。
写真サークルに入っていた。
いろんな自然を撮影するのが好きだったんだ。
中学3年生の時、高校受験に合格した僕が親がどうしても勝ってやるとうるさかった入学祝に一眼レフカメラを指定した。
スマホで街並みや道端のつくしを撮るのもいいけど、カメラを構えるポーズにあこがれていた。ただそれだけの理由で。
高校に入学してすぐ、サークル募集のポスターを見て興味を持ったんだ。
”未経験者歓迎!!ワイワイ楽しく、コンクールで入賞目指そう”
ありきたりな誘い文句。楽しくやれるから入ってよってアピール。そんなんでコンクール入賞なんて無理!とか熱血コメントは僕には湧かないから、
「あー、たのしくやれればいいや」って気持ちで入ることを決めた。
授業が終わって、向かうは写真サークルの部室。ま、部じゃないんけどね。A31倉庫。
倉庫?
その倉庫へ行ってみると、THE倉庫。なんとも古めかしい木製の板に錆びた回転式のドアノブだ。
上町:「サークルじゃ活動場所もこんなところしかもらえないのか。汚いところ、ニガテなんだよなぁ」
僕はノックした。
謎の女性の:「はーい」
中から女性の声が聞こえて、ドアが開いた。
僕を迎えてくれたのは髪の長い細身の女性。
とても細い、そして、清らかな風が僕の頬を撫でたように感じた。
謎の女性の:「いらっしゃいませ、もしかして、入部希望の新入生さん?」
上町:「あ、はい。入学して1週間たっちゃいましたけど、まだ入れますか?」
謎の女性の:「もちろんです。どうぞ中へ、お茶でも出しますね。」
どうせ、この中カビ臭いんだろうな。と思いながらもゆっくりと部室と呼ばれる未知の領域へ足を踏み入れた。
上町:「あ、あれ?」
謎の女性:「どうしたんですか?何かありました?」
僕は思わず声を漏らしてしまった。
もしかしたら、僕の心のうちに隠していたイメージと現実の隔離について彼女は感づいてしまったかもしれない。
上町「あ、あの、ここの部室、すごくきれいですね。」
そう、ボロボロの外海とは裏腹に、倉庫の中はすべて壁面を綺麗に張り替えられ、まるで、立派なお城の中。王女様の部屋の様だった。
謎の女性:「あ、倉庫だったから、もっと汚い場所だと思いました?」
上町:「え、いや、そんなことは」
謎のj個性:「いいんですよ、私が入部したときはもっと倉庫らしい倉庫でしたから。」
謎の女性:「お待たせしました。冷たいお茶です。」
上町:「ありがとうございます」
謎の女性「自己紹介が遅くなってしまいましたね。私は写真同好会の会長をしています。井上 有希(いのうえ ゆき)と申します。
上町:「あ、すみません。僕は、上町 栄斗(うえまち えいと)といいます。」
井上:「写真に興味がおありなんですか?」
上町:「はい、中学の時からいろんな景色をカメラで撮るのが好きで」
井上:「わぁ、もう写真の良さを知ってくださっているお方」
上町:「好きなだけです。」
井上:「カメラはお持ちですか?」
上町:「はい。」
井上:「見せてください!」
僕はカバンからカメラを取り出して見せた。一眼レフカメラは高いものだけれど、ここには写真好きが集まってるんだ。みんな良いものを使っているんだろうな。
井上:「すごい!」
上町:「この部には、ないんですか?」
井上:「イチ女子高生が一眼レフカメラを持ってると思いますか?一眼レフカメラのように見える、ただのデジカメですよ。」
上町:「部にカメラがあったりとかするのかと。」
井上:「うちはサークルですよ?人もお金もありません。部の専用カメラは顧問の佐渡先生がおいてくださってる1つのみです。」
上町:「そうなんですね。」
他愛もない会話をして、僕は入会の手続きをした。これで明日からは写真サークルの一員・・・一員?
上町:「他に人はいないんですか?」
井上:「いませんよ?」
上町:「井上さんだけですか?」
井上:「えぇ。」
そうか、サークルから部活に上がる条件は、人の数と署名、あとコンクールなどでの実績が必要だと、学則に書いてたな。
井上:「楽しい高校生活にしましょうね!」
上町:「はい、これから、よろしくお願いします。」
お城の中の、小さな部屋に
清らかな風をまとう一人の女性と
旅人のようにくたびれた僕。
2人しかいないこの空間で、
果たしてどんな物語が始まるのだろうか。
これが僕の、由比風高校(ゆいかぜこうこう)での、
一枚目の思い出だ。
始まりは終わりへの構えと知れ
僕が入部して半年が過ぎた頃だ。
一冊の雑誌を片手に部室に走りこんできた井上先輩に僕はあっけにとられていると
井上:「これ!これにお応募しましょう!」
井上先輩が息を切らして僕にそう言い放つと見せられたのは
”最後の夏”
と題しての写真コンクールの申し込みページだった。
上町:「い、いいですね、これに参加しましょう。さっそく何を撮るか・・・・・・」
僕がそう言い放つと、井上先輩は僕の言葉を最後まで聞かずに口を開いたんだ。
井上:「私を撮って」
・・・・・・。
シャッターを構えたら、撮れるまで。
僕は由比風高校3年、上町 栄斗。
僕が2年生のあの夏、井上先輩は最後の夏を迎えた。
彼女が亡くなってから知った。
学校へはほとんど来ていなかったそうだ。
僕と顔を合わせていた放課後の約2時間。
あの時間は、先輩が唯一、病院から外へ出られる時間だったそうだ。
先輩は、僕と出会ったときには、すでに寿命が1年もないことを医師から告げられていた。
僕は、彼女の最後の夏を、波の音とともに、残した。
ファインダー越しのあなたは、今でも微笑んでいる。
完
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