こんばんは。
今日も一日の終わりに、少しだけ日常から離れて、不思議な時間を一緒に過ごしていきましょう。
今日のテーマは、
「学校の七不思議」です。
学校って、昼と夜でまったく違う顔を見せる場所だと思いませんか。
昼間は、廊下を走る足音が響いて、教室から笑い声が聞こえて、先生の声やチャイムの音があって。
窓から差し込む光の中には、チョークの粉がふわっと舞っていたりして。
でも、放課後。
最後の生徒が帰って、先生たちも職員室からいなくなって、校門が閉まったあと。
あれだけ賑やかだった校舎が、突然、巨大な空っぽの箱みたいになる。
誰もいない廊下。
消された教室の明かり。
少しだけ開いたカーテン。
そして、普段なら気にも留めない時計の音や、水道から落ちる水滴の音まで、やけに大きく聞こえる。
そんな学校だからこそ、昔から全国各地でいろいろな「七不思議」が語られてきました。
もちろん、学校によって内容は全然違います。
「夜になると音楽室の肖像画の目が動く」とか。
「誰もいない体育館からボールをつく音が聞こえる」とか。
「階段の段数が昼と夜で変わる」とか。
「理科室の人体模型が歩き出す」とか。
そして、一番有名なのは、やっぱり――
トイレの花子さん。
今日は、そんな学校の七不思議について、少し怖く、でもどこか懐かしい気持ちになれるようなお話をしていこうと思います。
僕が子どもの頃も、学校には七不思議がありました。
ただ、本当に七つあったのかと言われると、今となってはよく覚えていません。
子どもって不思議ですよね。
「七不思議」と言っているのに、数えてみると四つくらいしか知らなかったりする。
それなのに誰も、
「あと三つは?」
なんて疑問に思わないんです。
きっと、全部を知ってはいけないような雰囲気そのものが、七不思議だったのかもしれません。
僕たちの学校で有名だったのは、校舎の一番端にある階段でした。
古い校舎だったので、その階段だけ少し薄暗かったんです。
昼間でも、上の階から差し込む光が弱くて、踊り場の隅にはいつも影がたまっている。
その階段には、
「放課後に一人で上ると、一段増える」
という噂がありました。
普通に上ると、当然いつも同じ段数です。
でも、夕方。
誰もいなくなったあと、一人で数えながら上ると、最後だけ一段多くなる。
そして、その最後の一段を踏んでしまうと――
「知らない階」に着く。
そんな話でした。
今考えれば、典型的な学校怪談ですよね。
でも、小学生だった僕たちにとっては、本気で怖かった。
ある日の放課後。
友達数人で、その階段を試しに行こうという話になりました。
怖いのに、こういうことって、なぜかやりたくなるんですよね。
しかも全員で行けば怖くない。
……はずだったんです。
けれど、階段の前まで来たところで、誰かが言いました。
「一人じゃないと増えないらしいよ」
その瞬間、全員黙りました。
さっきまで、
「絶対行こうぜ」
なんて言っていたのに。
急に靴箱のほうを見始める人。
「今日、帰ったらゲームする約束あるんだよね」と言い出す人。
そして最終的に、なぜかじゃんけんになりました。
僕は負けませんでした。
本当に良かった。
友達の一人が、一人で階段を上ることになりました。
僕たちは少し離れた廊下から見ています。
その子は、
「一段、二段……」
と数えながら上っていく。
最初は僕たちも笑っていました。
ところが、半分くらいまで上ったところで、不思議なことが起きました。
突然、その子が数えるのをやめたんです。
階段の途中で止まったまま、上を見ている。
僕たちは、
「どうした?」
と声をかけました。
でも返事がない。
少しして、その子はものすごい勢いで階段を下りてきました。
顔が真っ青でした。
僕たちが、
「何があった?」
と聞いても、なかなか答えない。
しばらくして、やっと言ったんです。
「上から、誰かが数えてた」
もちろん、そのとき上の階には誰もいなかった……はずです。
先生だったのかもしれない。
ほかの生徒がいたのかもしれない。
音が反響しただけかもしれない。
でも、その子が言うには、自分が、
「十」
と言ったあと。
上のほうから、小さな声で、
「十一」
と聞こえたそうです。
結局、その日はみんな走って帰りました。
翌日になると、その友達も普通に笑っていましたし、それ以上変なことはありませんでした。
今では、勘違いだったのかなと思います。
でも僕は、その階段を通るときだけ、卒業するまで一度も段数を数えませんでした。
怖かったからです。
学校の七不思議には、こういう「数」に関する話が結構あります。
階段だけではありません。
廊下の窓の数。
ロッカーの数。
音楽室の椅子。
誰かが数えるたびに数字が違う。
おそらく、人間は「本来決まっているはずのものが変わる」ということに、本能的な怖さを感じるのかもしれません。
そして、学校怪談で欠かせない場所といえば――
音楽室。
これも怖い。
昼間は楽器が置いてあって、明るい場所なのに、夜になるとなぜか急に怖くなる。
特に、壁に並んでいる音楽家の肖像画。
ベートーヴェン、モーツァルト、バッハ。
学校によって誰が飾られているかは違いますが、だいたい全員、真顔なんですよね。
子どもの頃は、
「なんで音楽家ってこんな怖い顔してるんだろう」
と思っていました。
そして必ず出てくる噂。
「夜になると目が動く」
「位置が変わる」
「朝になると一人増えている」
最後のやつ、かなり怖いですよね。
知らない肖像画が増えていたら、僕なら絶対に近づきません。
でも、学校怪談って、不思議なことに大人より子どものほうが詳しいんです。
先生は知らない。
親も知らない。
でも生徒たちだけは知っている。
「あそこには行かないほうがいい」
「この時間に鏡を見たらだめ」
「この扉は三回ノックしたら開けちゃだめ」
そうやって、子どもたちの間だけで秘密が受け継がれていく。
それって少し面白いですよね。
まるで、学校という小さな世界の中に、子どもだけの文化があるみたいです。
さて。
七不思議の中でも、僕が特に好きなのが「誰もいない教室」の話です。
例えば、放課後。
教室に忘れ物を取りに戻る。
廊下にはもう誰もいない。
自分の教室だけ、扉が少し開いている。
中に入る。
夕日が窓から差し込んで、机と椅子が長い影を作っている。
いつも自分が座っている席まで歩いていく。
忘れ物を取る。
そして帰ろうとしたとき――
黒板に、さっきまでなかった文字が書かれている。
「また明日」
……こういう話、怖くないですか。
怪物が出てくるわけでもない。
誰かに追いかけられるわけでもない。
ただ、あるはずのない言葉がそこにある。
僕はこういう静かな怖さが好きなんです。
もしそこに、
「逃げろ!」
と大きく書かれていたら、逆に走って逃げられるんですよ。
でも、
「また明日」
だったら。
一瞬、考えてしまう。
誰が書いたんだろう。
先生?
友達?
いたずら?
それとも、本当に誰かが教室にいる?
しかも「また明日」ということは――
明日も会うつもりなんですよね。
そう考えると、急に怖くなる。
そして、学校の七不思議で忘れてはいけないのが、鏡です。
学校って、意外と鏡が多いんです。
トイレ。
手洗い場。
体育館。
保健室。
夜の鏡というだけでもちょっと怖いのに、学校の鏡となるとさらに怖い。
有名なのは、
「夜の学校で鏡を見ると、自分の後ろに誰かが立っている」
という話。
これも王道ですね。
でも僕は、それよりもっと怖い噂を聞いたことがあります。
夜の学校で鏡を見る。
最初は普通。
自分が映っている。
右手を上げる。
鏡の中の自分も左手を上げる。
笑う。
鏡の中の自分も笑う。
でも、しばらく見ていると――
ほんの少しずつ、動きが遅れてくる。
こちらが手を下ろしてから、鏡の中の自分が手を下ろす。
こちらが顔を横に向けてから、少し遅れて向く。
そして最後には。
自分が動いていないのに、鏡の中の自分だけが――
笑う。
これは嫌ですね。
想像しただけで鏡を見たくなくなります。
でも、こういう話が何十年も語られ続けるということは、学校という場所が、それだけ人の記憶に残る場所なんでしょうね。
たくさんの人が過ごして。
笑ったり。
泣いたり。
怒られたり。
友達ができたり。
喧嘩したり。
好きな人ができたり。
卒業して、もう二度と戻らなかったり。
毎年、新しい生徒が入ってきて、そして去っていく。
もし場所に記憶というものが残るのなら、学校ほどいろいろな記憶が積み重なっている場所も少ないのかもしれません。
だから学校怪談って、怖いだけじゃなくて、どこか少し寂しいんですよね。
例えば、誰もいない体育館から聞こえるバスケットボールの音。
ダン。
ダン。
ダン。
昔はその話を聞いて、
「幽霊だ、怖い」
と思っていました。
でも大人になって考えると。
もしかしたら、その音の主は、ずっとそこで練習しているだけなのかもしれない。
試合に出たかった人。
最後の大会で負けてしまった人。
もう一度だけ、シュートを決めたかった人。
もちろん本当に幽霊がいるかどうかは分かりません。
でも怪談の向こう側に、そんな物語を想像すると、怖さの中に少しだけ切なさが生まれます。
そして。
最後に、ひとつだけ。
七不思議には、とても有名なルールがあります。
それは――
七つすべてを知ってはいけない。
なぜなら、本当に七つすべてを知った人は、七つ目の怪異に連れていかれてしまうから。
だから学校の七不思議は、いつもどこか曖昧なんです。
六つしか知らない。
人によって内容が違う。
最後のひとつだけ、誰も知らない。
もしかすると、それはわざとなのかもしれません。
誰かが昔、本当に七つを知ってしまった。
そして、
「最後だけは、誰にも教えてはいけない」
と決めた。
そんなふうに考えると――
学校の七不思議って、今でもどこかの学校で増え続けているのかもしれません。
新しい校舎にも。
新しい学校にも。
新しい生徒たちの間にも。
そしていつか、
「昔、この学校にはこんな噂があったらしいよ」
と、また誰かに受け継がれていく。
もし皆さんにも、学生時代に聞いた七不思議があったら、ぜひ思い出してみてください。
音楽室。
体育館。
理科室。
図書室。
階段。
トイレ。
そして、誰もいない放課後の教室。
もしかしたら、今思い返すと、
「あれ、本当にただの噂だったのかな」
と思う出来事が、一つくらいあるかもしれません。
僕も今では、あの階段の声が何だったのか分かりません。
友達の聞き間違いだったのかもしれない。
上の階に誰かいたのかもしれない。
ただ。
今でも一つだけ覚えていることがあります。
あの日、僕たちは走って学校を出ました。
そして校門のところまで来たとき。
誰かがふと、校舎を振り返ったんです。
夕方の薄暗い校舎。
僕たちがいた階段の踊り場に、小さな窓がありました。
その窓の向こうに。
一瞬だけ――
誰かが立っているように見えた。
もちろん、夕日の影だったのかもしれません。
カーテンだったのかもしれません。
だから僕たちは、誰も確かめませんでした。
そのまま帰りました。
そして翌日。
学校に来ても、誰もその話をしませんでした。
たぶん全員、同じことを考えていたんだと思います。
もし確認して。
本当に誰かがいたら。
それはもう、噂ではなくなってしまうから。
学校の七不思議。
怖い話なのに、なぜか少し懐かしい。
もしかすると僕たちは、大人になるにつれて、幽霊を怖がらなくなる代わりに、あの頃だけ見えていた不思議な世界を、少しずつ忘れていくのかもしれません。
誰もいない廊下の向こう。
夕暮れの教室。
音楽室の肖像画。
階段の上から聞こえる声。
もし今夜、昔通っていた学校のことを思い出したら。
少しだけ、想像してみてください。
今、この時間。
あなたが昔座っていた教室には、誰もいません。
机も。
椅子も。
黒板も。
あの頃と同じ場所にある。
ただ一つ違うのは――
そこに、あなたがいないこと。
それでは今日はこの辺で。
今日も最後まで聴いてくださって、ありがとうございました。
また次回、この場所でお会いしましょう。
おやすみなさい。
……そして今夜は。
もし夢の中で、昔の学校に戻ったとしても。
放課後の階段だけは――
数えないほうがいいかもしれません。


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